事例紹介・コラム

NRI(野村総合研究所) × IES(インテリジェンス エグゼクティブ サーチ) 特別対談 次世代型エグゼクティブの創出 -エグゼクティブの育て方・迎え方- Guest 太陽ホールディングス株式会社 代表取締役社長 佐藤英志氏

Interviewer

永井 恒男 株式会社野村総合研究所 IDELEA(イデリア)チーム 事業推進責任者

木村 浩明 株式会社インテリジェンス インテリジェンス エグゼクティブサーチ 事業責任者

Profile

-プロフィール
1997年、野村総合研究所に入社。2005年社内ベンチャー制度を活用し、エグゼクティブコーチングと戦略コンサルティングを融合した新規事業IDELEA(イデリア)を立ち上げる。現在は現在は経営トップの意識変革から始める全社変革コンサルティングを展開。
www.id.nri.co.jp

Profile

-プロフィール
2000年インテリジェンスに入社。首都圏、関西、東海の主要エリアでエージェント型の人材サービスビジネスに携わってきた。転職希望者、求人企業、双方のサポートを通じて転職マーケットに精通している。2014年1月より現職。

エグゼクティブとは何か。企業にとって、最適なエグゼクティブの育て方、迎え方とは何か。
そんな企業成長における永遠のテーマについて、エグゼクティブを育てるプロと採用するプロが徹底的に語り合う、全9回の特別対談企画です。

第8回 エグゼクティブの実際 -「プロ経営者」という生き方-

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業界にとらわれず、経営に精通するプロ経営者

木村

今回は、佐藤英志さんをお招きして、経営者としてのキャリアを伺います。現在44歳の佐藤さんですが、そのご経歴はまさしく「プロ経営者」と呼ぶにふさわしいものですね。

佐藤

いろいろやって来ていますので、おそらく分かりにくいだろうと思って(笑)、今日は私のこれまでを一覧にまとめてきました。

木村

一見すると、業界はかなり多岐にわたりますね。もともとそれぞれの業界に知見があったのでしょうか?

佐藤

いえ、どれもはじめは未知の業界でしたが、「経営者をやる」ことと「業界に精通している」ことはほとんど関係ないと思っています。

永井

佐藤さんのようなご経歴は理想的なプロ経営者とも言えますよね。まずは、佐藤さんがどのようなお考えでこのようなキャリアを築いてこられたのかをお伺いします。

佐藤

私は子どものころから独立心が強くて、その頃は大きなビジネスというよりは「自分で何か小さな商売をやりたい」と思っていました。中学生の時に聞いた「公認会計士は、独立してやっていける仕事だ」という言葉を思いだし、大学3年からダブルスクールで勉強して受験したところ、幸い1回目で合格しました。独立した時のことを考え、中小企業経営者の勉強のためにと、監査法人トーマツに入所し、IPO専門部署に配属されたのが大学4年の秋のことです。

木村

20歳そこそこの学生の時点で「経営者になる」ことを前提にしていたんですか。その時点でもう、普通のサラリーマンとは目線が違いますね。

佐藤

まあ、学生ですから、「何のために経営をやりたいのか」、もっと言うと本当は何がしたいのかすらもそんなに深く掘り下げて考えていたわけではありません。ただ、独立志向だけは明確に強かったですね。トーマツで約5年、経験を積みながら勉強させていただき、在職中の1995年に25歳で、「中小企業経営者に行き渡らない、大手企業並みの会計サービスの提供」をコンセプトとして佐藤英志公認会計士事務所を開設しました。

その後、1997年にトーマツを退職し、会計事務所を経営していく中で、それまで行っていた中小企業経営に特化したビジネスを組織的に行うことで世の中に役立ちたいと思い、1999年にエスネットワークスを設立しました。会社は苦労しながらも順調に社員数を増やし、今では公認会計士・税理士・社労士が約70名、総社員数約200名のコンサルティング会社に育っています。

永井

エスネットワークス設立から3年後の2002年からは、株式会社USENの取締役、常務取締役と歴任されていますが、これは、ご自身の会社の社長と兼任したということですか?

佐藤

そうですね。当時のクライアントだったのですが、縁あってCFOとして経営危機を乗り切る舵取りをしました。業績が悪化していた上に、金融機関のルールがガラッと変わって1000億円以上あった融資の引き締め(引き上げ)を受けたのです。事業構造を変え、1万人以上いた社員を7千人まで削減して収益の立て直しを図りました。

永井

2002年にUSENというのは、なかなかチャレンジングな決断だったのではないでしょうか。既に、経営悪化が見え始めていたと記憶しています。

佐藤

熟考していたら行けなかったかもしれませんね。会社を立ち上げたばかりでしたし。当時は、「来た球を打つ」ような感覚だったから飛び込めたのだと思います。結果的にこの経験は、経営者としてかなり鍛えられました。連日の金融機関との交渉では、何度も罵倒されたり、徹夜で資料を作ったりする日々が2年ほど続きました。まさに昨年大ブームとなった銀行を舞台としたドラマそのもので、今考えても本当に大変な経験でした(笑)。

木村

「来た球を打つ」とおっしゃいましたが、明確なキャリアプランを描いた上で経営経験を積んできたわけではないのですか? 経歴を拝見すると、戦略的にキャリア形成をしてこられた印象を受けますが。

佐藤

30代前半まではキャリアプランを描いて戦略的なキャリア形成を、という考え方はしていませんでした。4?5年経過してひととおりのことができるようになると、そこから伸びが鈍化してくるので、その頃から「次のことをやってみようか」と考えるようになり、これを繰り返してきた感じです。ある意味成り行き任せのキャリアです。同時に、事業は社会的意義がなければ生き残っていけないということを実感として身につけていった時期でもありました。軸になっていたのは「経営をやりたい」ということだけでしたね。

自分のキャリアの方向性をじっくり考えたのは、USENを退く2007年(38歳)頃がはじめてです。自分で設立した会社はそろそろ後輩に社長を譲ろうと思っていたので、これからの40代、50代を一体どうやって生きていこうか、と。何をしているのが自分は一番楽しいのだろうか、相当悩んで考えましたね。

木村

そこでは、どんな決断をされたのでしょうか?

佐藤

会計事務所の設立を決めた頃から私自身の根底にあったのは、「経営者の支援と輩出を通じ、わが国の経済に貢献したい」という思いです。このまま中小・中堅企業の経営者・経営コンサルタントで行くか、これまでとは規模の違う日本を代表する超大手企業にかかわって行くかで迷いました。ちょうどその頃トーマツの時代にお世話になった太陽からのお声掛けがあったこともあり、40代は太陽の経営に集中すると決断しました。結果、大企業への道はとざされることになるわけですが、今考えても良い決断だったかなと思います。これから、中小・中堅企業の経営者はますます不足していくでしょうから。

木村

なるほど。それで、その後のプロ経営者としてのキャリアが展開されて行くわけですね。

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第7回

エグゼクティブの実際
2014年3月3日公開
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